昭和の美学

型破り

皆さんこんにちは。ようこそおいでくださいました。このホームページ、開設したいきさつと中身の作り方が普通とは趣がちがいます。
通常何かを世に広めたいと思う人自身によって企画、構成、編集がリードされるものですが、このホームページは作者のかっての仕事仲間が作品を観てその素晴らしさに感動し、「広く世の中に出してみようよ」と話がまとまり作者を口説いて開設にこぎつけたものなのです。例えるなら、容姿端麗・才色兼備な若い娘さんがいて、むずかる本人をさておき、「ミス何やら」コンテストに応募させようと取巻き連中が無理やり仕組んでしまったというようなものとお考えください。

           最後には ヨッシヤわかったと 口説き甲斐   それからは ああせえこうせえと 口うるさく

また、絵を見ていただきたいという本流に加え、仕事を通じて得られた同世代の心意気を共有することから、仲間の存在感も傍流として取り上げているのが風変りと言えると思います。

昭和は遠くなりつつあり

ご存知中村草田男の名句「降る雪や 明治は遠く なりにけり」からもじりました。このホームページで仲間がさりげなくお伝えしたいことは、遠くなりつつある昭和です。より具体的には「昭和の美学」であり、それに連なる「遊び心」なのです。美学と一言で言っても、あらゆる人が好ましいと感ずるものはあり得ませんよね。ですから押しつけるつもりもありません。

かってのフランス映画、男が女を口説こうと、きわどいセリフを吐きます。対する女も心得たもので、そこに大人の会話が成り立ちます。当節ではこんな粋なシーンをやれセクハラだと、無粋なご仁たちが騒ぎ立てるかもしれませんね。

1964年東京五輪の女子体操、金メダルをとったチャスラフスカの成熟した女の演技に魅了されました。それから12年後コマネチなる華奢な少女が飛んだり、跳ねたりの演技で金メダル。女子体操の一つの華である女性の優美さはどこかに行ってしまいました。

ハスラーというアメリカ映画、ポール・ニューマンがくわえタバコで玉突きをするシーンの恰好よさというかダンディズム。当節では肺ガンに良くありませんよとカットされかねません。

小学校の運動会で、差をつけてはいけないから、皆で手をつないでかけっこしましょう。人間の競争本能は去勢されましたね。

ボケは差別用語だから認知症に改めましょう。わかりにくい言葉ですね。                                     ・

最近スポーツ団体の不祥事とか内輪もめをよく耳にします。とりわけパワハラについての報道には違和感を感じさせると思いませんか?道を究め、頂点を目指そうとすれば尋常ならざる努力が必要でしょうし、その過程でのある種の葛藤だと思います。問われるべきはむしろ、部外者でありながら、興味本位に煽り立てるマスメディアに向けられるべきではないでしょうか?

これと似たような事柄は世の中に溢れかえり、挙げれば枚挙にいとまがありません。

当節の世の中、ちまちま、ギスギス、委縮しているようでダイナミズムに欠けていると思いませんか?昭和を振り返れば、何かの事柄で多少突っ込まれてもユーモアで切り返したり、甘んじて受け入れるという大らかさとか度量の大きさがあったような気がします。昭和38年から6年間国鉄総裁をつとめた石田礼助は、就任後の国会答弁で「粗にして野だが卑にあらず」なる名言を残しました。これなども昭和の美学を表す一つの言葉ではないでしょうか。

忘れられようとしている昭和の美学とか遊び心、さらにダイナミズムを一幅の絵を味わいながらしばしの間、感じていただければ望外の喜びとするものです。この仲間たちは前期高齢者1名を除き、全員が後期高齢者でいわゆる年金生活者です。決して裕福ではありませんが「武士は食わねど高楊枝」。昭和の名残りともいえるやせ我慢の心意気を持ち合わせています。昭和を生き抜いたオヤジ達の飾り気のない中身をかみしめていただければ喜びもひとしおです。