KKさんてどんな人

KKさんプロフィール

作者:窪田皓一(くぼた こういち)愛称:KKさん 金沢市出身 1938年生まれ

大阪府在住 金沢大学工学部卒業後、大阪市内の大手重工業メーカーに入り、エンジニアとして化学製品を製造する装置であるプラントの設計に携わる。
退職後、青年時代故郷の山歩きに親しんだこともあり、山を買いしいたけ栽培を始めるも、腰を痛め断念。人生後半のライフワークとして色鉛筆画の制作に専念することに。


受賞歴

上野の美術館の「日本の自然を描く展」には2004年から毎年出品しており、今まで優秀作2回、佳作1回、入選作はほぼ毎年受賞実績があります。なお、「日本の自然を描く展」は作品サイズがF10(530x455)以下との制約があるため、受賞作品はすべて小さいサイズです。KKさんの作品には大きなサイズが多くあるのも特徴の一つです。また個展は2007年に第1回を、そして2020年4月には第7回を開催いたします。


KKさんの仲間たち

このホームページ、開設したいきさつが普段とは趣がちがいます。普通、何かを広めたいと思う人自身によって企画、構成、編集がなされるものですが、このホームページは作者のかっての仕事仲間が作品を観てその素晴らしさに感動し、「広く世の中に出してみようよ」と話がまとまり作者を口説いて開設にこぎつけたものなのです。例えるなら、容姿端麗・才色兼備な若い娘さんがいて、むずかる本人をさておき、「ミス何やら」コンテストに応募させようと取巻き連中が無理やり仕組んでしまったというようなものとお考えください。

             最後には ヨッシャわかったと 口説き甲斐
            それからは ああせえこうせえと 口うるさく

ちなみにその仲間たちというのは同じ会社で勤めていて、1980年代前半、家庭用に広く使われているポリエチレンを製造するプラントを約3年かけてシンガポールに建設したプロジェクトメンバーのうち、関西に在住するジジイ連中です。一番歳上で兄貴分のKKさん以下歳を重ねた順に、

            善さん:  1940年生 京都府出身 兵庫県在住

            さいちゃん:1943年生 東京都出身 奈良県在住
            ハタやん: 1943年生 福岡県出身 兵庫県在住
            充ちゃん: 1944年性 岐阜県出身 大阪府在住
            高ちゃん: 1947年生 京都府出身 滋賀県在住

             文系の高ちゃん以外はそれぞれ得意とするものをもっていた技術屋です。
 

さてこれから、公私にわたっておよそ50年のつきあいがあるハタやんがKKさんの人となりを紹介しましょう。

            付き合いも 益々蜜に 半世紀 

「諸君、喝采せよ、喜劇は終わりぬ」なる言葉を臨終に残したのが楽聖と言われたベートーベン。自分の病に対し無力な医者への皮肉が込められていたそうですが、彼は生前から冗談を言ったり、無遠慮な振る舞いをすることも多かったようです。人は皆それぞれに持ち味がありますよね。それによって悲喜こもごもの物語が生まれ、人生を全うした時にはどんな人でも一つの小説ができあがるでしょう。ここに良くも、良くなくも一人の味わい深い人がいます。それがKKさんです。


転機

1986年のことです。KKさんが突然「ハタやん、オレ会社辞めることにしたよ」「・・エッ!!」次の言葉がでません。KKさん「しいたけ作りでもしてみようかなと思うて」。当時親しい人達と北摂の山をハイキングがてら歩き、秋には「きのこ博士」と呼んでいたKKさんにきのこの見分け方を教えてもらっていたので、なるほど成算を見越してのことだと思いました。なぜ辞めるのか?聞かなくても見当はつきました。以下にお話しするKKさんの資質を見過ごし、利益追求に勤しみサラリーマン風に流される上司に抵抗した志の潔よしさだと思います。

 


物事は基本こそ

しいたけ山には作業のお手伝いも兼ねて時々ご機嫌伺いに。山にはKKさんが建てた作業小屋と呼ぶには立派すぎる建物があり、色々な種類の菌、栽培の道具、収穫品の保存室が。驚いたのは実験・研究のスペース。勉強の為入会した菌学会の文献が多数あり、栽培条件をさまざま変えた実験とそのデータも半端じゃありません。こうして独力での積み重ねの結果、しいたけの姿かたち、味、収穫量において他の業者さんとは比べ物にならないお値打ち品ができたのです。確かに山でとれたのしいたけを焼いてポン酢で食べればビールもすすみます。そうです、KKさんは基本に忠実で何事も深く掘り下げる姿勢を持ち合わせているのです。ハタやんも入社以来、KKさんの指導を受けましたが折にふれ、基本の大切さを教えられたものです。


さまざまな持ち味

好奇心と知識欲は今も衰えていません。とりわけ自然の生態系への知識は生半可なものではありません。また、趣味の範囲は芸術にも広がり、特にオペラとバ レエの造詣も深く、自宅の大型画面で楽しんでいる姿を何度も見かけました。こうした趣味や好奇心を深めることで審美眼が益々磨かれ、それが絵に現れてい るのではないかと思い  ます。
・信念を通すという意味では頑固者のそしりは免れないかもしれず、それが「あの人、気むずかしいのじゃないのか?」との言葉を何度か聞いたことはあります が、ちがいま す。理屈と情の二刀流を使い分ければ、むしろ積極的に柔軟になります。
・自由闊達さも特徴の一つ。既存の常識にとらわれる発言をすれば、たしなめられます。
・言葉を飾ることは苦手で、本質をストレートに発することがよくあり、付き合いの浅い人はとまどうことでしょう。半面、人に対する思いやりは親切の押し売 りでなく、心がこもっているなあと感じた場面は数多くあります。
・正直の上にバカがつき、真面目の上にクソがつく面を持ち合わせています。
・絵の創作、作品のデータ整理や展覧会への出品などにパソコンは欠かせません。最近新しい製品に買い替えましたが、機能満載で操作が思うようにいかないと ボヤいています。当節のITは苦手で、さしずめ弁慶の泣き所でしょうか。


たゆまざる探求心

色鉛筆画を始めるにあたってNHKの通信講座に入会しましたが、色鉛筆画専門のコースはなく、洋画の指導講師が作品を観て評価をするだけとのことです。画材は紙と鉛筆。紙にはパルプ製と綿製の2種類、さらに厚みや表面の粗さにも多くの種類があります。色鉛筆も色調のちがいはもとより、芯の大きさ、硬さにもさまざまなちがいがあり、紙もそうですがメーカーによってもちがいがあるそうです。どういうものを選べば、どういう出来栄えになるのか失敗を通じて試行錯誤を繰り返した結果、まったくの独力で一定の感触をつかみ、併せて作画の技巧を学びとったのです。精進は怠らず、このことは今も日々進化中です。何回目かの個展で、あるプロの画家が「根気だなあ」とつぶやいたそうですが、大きなキャンパスに精緻なタッチでの作品を評するに言い得て妙だと思います。
NHKの講座を早々に退会し、展覧会への出品を始めました。その成果を上の、「受賞歴」に紹介いたしました。


孤高の人

以上、作者の人柄・持ち味、考え方、絵への取り組み姿勢、背景にある多様な趣味・知識をご紹介させていただきましたが、いかがだったでしょうか?
おこがましいようですが、あふれでる人間臭さと生まれつき備わっていたであろう独特の感性とが融和したものが作者の作品に滲み出ているような気がするのです。紹介の最後にKKさんの今を表す一言、それは良くも悪くも ”孤高の人” です。


昭和は遠くなりつつあり

締めくくりにKKさんを含む仲間たち、つまりジジイたちのことをお話ししましょう。
ご存知中村草田男の名句「降る雪や 明治は遠く なりにけり」からもじりました。このホームページで仲間がさりげなくお伝えしたいことは遠くなりつつある昭和です。より具体的には「昭和の美学」であり、それに連なる「遊び心」なのです。

当節の世の中、ちまちま、ギスギス、委縮しているようでダイナミズムに欠けているとは思いませんか? 昭和を振り返れば、何かの事柄で多少突っ込まれても、ユーモアで切り返したり、甘んじて受け入れるという大らかさとか度量の大きさがあったような気がします。
昭和38年から6年間国鉄総裁をつとめた石田礼助は、就任後の国会答弁で「粗にして野だが卑にあらず」なる名言を残しました。これなども昭和の美学を表す一つの言葉ではないでしょうか。忘れられようとしている昭和の美学と遊び心、さらにはダイナミズムを一幅の絵を味わいながらしばしの間、感じていただければ望外の喜びとするものです。このジジイたちは全員が年金生活者で、決して裕福ではありませんが「武士は食わねど高楊枝」というやせ我慢の心意気も持ち合わせています。進みいく世の中に半ば取り残されつつありますが、決して悪びれることなく、むしろ意気軒昂に世の中に関わり続けたいと思っています。