KKさんを囲む仲間たち

なぜ

どうゆう仲間?

KKさんと「仲間」はかって同じ会社で働いていた。その会社では大きな仕事の注文が決まると、プロジェクトチーム制を採用していた。プロジェクトの中核である工程、予算を司るプロジェクトコントロール部門、設計部門、調達・輸送部門、建設部門、主に契約・法務を担当する管理部門からエキスパートを選任し、期間限定の組織を編成するというものです。言うなれば、大きな事件の時におかれる警察の捜査本部みたいなものです。およそ40年前、我々「仲間」はあるプロジェクト」の編成メンバーの一員となりましたが、チーム解散後も付き合いは続き、個性豊かなメンバーはそれぞれに活動範囲が広がり、今年3月KKさんの色鉛筆画の個展には陣中見舞いよろしくそろって押し掛けました

40年前の仕事というのはポリエチレンプラントの設計、調達、建設業務。ポリエチレンにも色々種類がありますが我々のはHDPE (High Density Poly Ethylene)で高密度ポリエチレンのことです。製品はペレットという粒状で出荷され、それがいくつかのメーカーを通じて加工され、最終的に様々な容器、家庭用雑貨、文房具などの製品となり、市場に出回るのです。顧客は米国の石油会社、我が社と同業の米国企業とパートナーを組んでの共同受注。米国、欧州、極東のメーカーから機材を調達し、建設地はシンガポールのメルバウ島(現在ジュロン島)。

 

プラント建設を終えた後も、シンガポールの現地スタッフとは連絡を取り合い、また彼らが日本に観光に来た時なども歓迎しています。今年2月には仲間6名がシンガポールを訪れ、完成後35年を経過したプラントが今なお製品を世界に供給している様をこの目で確かめることができ、さらにプラント完成の喜びを共にした現地スタッフと中華街の飲茶レストランで互いの今の様を知り、当時の思い出話、エピソードに花が咲き、旧交を温めることができたのは正に昭和のオヤジのロマンそのものです

仲間の素顔

仲間は不定期な集まりを繰り返していますが、今回ホームページ開設というプロジェクトで久方ぶりのチームワーク仕事を楽しんでいます。作者はさておき、何故仲間のことまで紹介するの?とお思いでしょうが、これが最初に述べた普通とはちがった趣なのです。

   ・KKさん

 

 人となりについては、「KKさんってどんな人?」をご覧ください。仲間内では一番の兄貴分。HDPEプロジェクトではコントロール部門のチーフPE(プロジェクトエンジニア)。設計段階では米国のパートナー会社に長期滞在。建設段階では本社で建設部隊のバックアップ。ホームページ開設にあたって打合せの為、仲間が何回かKKさんの自宅を訪問。奥さんの手作りのクッキーは絶品でした。ヨイショではありませんよ。    

    KKさん きのことオペラにゃ かないませぬ







 

   ・善(ZEN)さん 1940年生 京都府出身 現在兵庫県在住

 

よろず面倒見がよく「頼れる男」。このホームページ開設の言い出しっぺでもある。HDPEプロジェクトでは土木・建築エンジニアとして見積段階から建設完了まで丸4年近く身を捧げたのはメンバーとして最長。現役時代は多くの海外プロジェクトに従事し、築いた人脈で今も海外の友人たちと連絡をとりあい、2月のプラント見学も善さんの奔走によるものだったが、肝心の本人は出発の直前に体調を崩し参加を見送った。隠れた才能は料理。2年半に及ぶシンガポール滞在時はアパートを借り、食事はメイドに作ってもらっていたが、休日には善さんがメニューを作り、食材の買いつけ、下ごしらえは手分けし、調理、味付け、盛付けはもちろん善さん。普段は中華が多く、常夏の地でも食欲をそそる和食の数々にビールもすすんだものです。今は、現役時代の経験を元にした「海外ビジネス紀行」の執筆にオツムをフル回転。

    いい肴 求めてキッチン ハイジャック

 

   ・ハタやん 1943年生 福岡県出身 現在兵庫県在住

 

HDPEプロジェクトではPEとして2年間現地工事に従事。エンジニアにはちがいないが実際のところ、あれもこれもといわば便利屋。善さんとは家が近く、これまた近くに住む同じ会社のOBを誘ってほとんど毎月の飲み会。7年前、摩耶太郎のペンネームで祖国愛に燃えた「沖縄亡命」なる小説を出版。本人は文才ありと思い込んでいる様子だが・・・。いい評価をくれた友人たちにそそのかされ、2作目の構想まで練り上げたが半端じゃないエネルギーを要する執筆にオツムがまわらず断念。最近ある友人に誘われ俳句を始めたがしかめっつらしいルールと技巧に走った表現が秀作とされる風潮になじめず、ならばと下手な川柳で自己満足している。まわりくどい事は苦手で、ストレートな物言いは時折お小言を頂戴することも。2人の孫と同居する日頃の一場面。

    ジジ少し 孫の皿には てんこ盛り

 

   ・さいちゃん 1943年生 東京都出身 現在奈良県在住

    

ハタやんとは入社同期の桜。HDPEプロジェクトではPEとして設計・調達段階で奮闘、一時期米国パートナーの会社に駐在し、本社との調整機能を果たす。古(いにしえ)のことに興味を持ち今の住まいの奈良がお気に入り。マンガ文字やちょっとしたイラストに得意技があり、その趣にほのぼのとされることも。このHPのイラストはさいちゃん作成の原画をもとにしたものです。哲学者を想い起させる風貌に似合わず、ダジャレ名人。飲み会などでエンジンがかかればマシンガン並みに繰り出し座が和む。将棋をこよなく愛する。とはいえその腕前はいまだヘボの領域でハタやんとは格好のライバル。在職時代昼休みに2人で盤に向かい合うが、逆転また逆転で盤を取り囲んだ観戦者が好き放題に指し手に口を挟むのはしばしの憩い。設計・調達が一段落ついたところで他のプロジェクトに引き抜かれたため、建設工事には行かず。今年初めてプラントと現地スタッフに出会う。

    初対面 ダジャレも控え らしくもなく

 

   ・みっちゃん 1944生 岐阜県出身 現在大阪府在住

 

 

HDPEプロジェクトではPEとして全期間を通じて顧客、パートナー、社内との連絡・調整などキーマン役を果たす。初期段階ではパートナーとの調整のため米国駐在。30年程前、配管図面の3D-CADをイギリスから導入したこともあり、ITの扱いには相当慣れている。またとにかく写真を撮りまくる。出来栄えは芸術的という面ではいまいちだが、BGM付きで編集しDVDにまとめあげるのに本領発揮。それを仲間たちに配るというサービス精神の持ち主。入社後独身寮で始めたテニスは50年を超え、今も毎週ボールを追っかけている。口うるさい仲間からは年寄りの冷や水じゃとからかわれるも、その元気さに内心舌を巻いているにちがいない。好んで人様の世話をやくのに積極的で福祉委員、民生委員の他、小学生の通学みまもりにも参加している。

    人の世話 昂じて忘る 自分の世話

 

   ・高ちゃん 1947年生 京都府出身 現在滋賀県在住

   

仲間内で一番のヤングボーイ、と言っても71歳。HDPEプロジェクトでは契約・法務を担当する。英語はもとよりイタリア語もOK.仲間内で唯一人今でも稼いでござる。語学力を活かして食品関係のコンサルティングに精を出し、海外を飛び回っている為、今年3月の個展にはあいにく出席できず。持ち味は何でもやることが素早く、待たされることは少ない。単なるせっかちかとも思えるが、小さなことはともかく大きなミスに出くわしたことがないのは能力なのか、はたまた独特のカンの持ち主なのか。

    拙速と 言われぬように ご用心 

 

   ・サミー 1939年生 大阪府出身

  

残念ながら今年3月の個展での集まりを最後にその一か月後還らぬ人となりました。HDPEプロジェクトでは、顧客から前任の現場所長解任要求が出たため、緊急登板で任命された言わば最後のエース。英語に不自由はなく、顧客の受けも良く、建設完了まで職責を全うした。顧客、パートナー、当社3社の現場責任者によるミーティングが毎週開かれかなり難しい要求がだされたにも関わらず、愚痴一つこぼさず、てきぱきと担当のエンジニアに指示を出していた。愛称のサミーは顧客の一人が名付け親。仕事を離れては、近隣の国も含めた物見雄山、宿舎でのマージャン、夜のオーチャードでのカラオケなどにも付き合いは忘れず、奥さんが二度陣中見舞いにきてくれましたし、今年2月のプラント訪問では娘さんもご一緒でした。次回のKKさんの個展はおろか、不定期な仲間内の寄り合いにも顔を見ることができなくなったのは寂しいかぎりです。5月初めの告別式には仲間が揃ってお別れをしました。

    問いかける やさしき眼差し 松落葉                                            合掌